海門寺の家族のプロフィール

家族の紹介

家族の写真(本堂にて)

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住職 名前 六浦(旧姓髙木)秀彰(33歳)

今年10月に、長生寺の長女 六浦真奈美さんと結婚して六浦家に入籍。
趣味はサーフィン・スノーボード・トレッキング(登山)・キャンプなどのアウトドア方のタイプ。

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特にサーフィンはオーストラリア仕込みで本格派、就職も世界的に有名なサーフハードウエアインターナショナルに就職した。住んでるうちにオーストラリアが好きになり永住を志すもビザ取得難しく帰国。

夢は本願寺派の僧侶として、オーストラリアの人達のように笑顔・友好的・穏やかさ・優しさを念仏を通して、この地区の人々と創り上げていきたいと布教に毎日努力しています。

坊守 真奈美さん

長生寺の長女に生まれ、将来の坊守として、大事に育てられてきた。

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そのため、僧侶の資格を持ち、お寺の法務をこなせて、お寺の行事のご荘厳等は父の住職の補佐を十分に果たせている。性格は優しいいが芯がしっかりしていて父の住職も一目を置いている。動物が大好きです。
現在茶道と華道を勉強中ですが、このたびの結婚で、秀彰さんに感化されて、アウトドアに目覚め、京都まで、歩いていく新婚旅行を計画して、先般それを達成した。現在趣味は歩いてあちらこちらに行くことです。

布教使 住職の父 名前 髙木規好 (71歳)

夢は「平成の蓮如」を目指して、阿弥陀さまの本願力のおはたらきをすべての人が気づいて目覚めてほしいと法話会や海門寺新聞を通して、微力ながら無い知恵を絞って布教に精進。

500年前、蓮如が御文書という手段を用いて、真宗の教えを布教して、瞬く間に日本全国の大半を真宗教団に改革して、今の浄土真宗の大教団の基礎を作り上げた。

蓮如の時代は「御文書」という印刷物が布教の手段、今は「HP」ではないかと感じて、老年にも変わらず、自力でこのHPを作り上げた。

そしてこの「HP」を通して、真宗の教えを布教していけば、必ず「世の中安穏なれと夢見た、蓮如に成れる」と、でかい夢を見て布教に精を出している。

坊守 住職の母 カヅ子

お寺育ちのおかげでしょうか、茶道・華道は先生の免許を修得していて、毎日本堂はじめ各部屋のお花の手入れに余念はなく、いつもお寺はお花で飾られている。

お参りの皆さんへの接待も法務の対応も如才なくこなし、海門寺は坊守で持っているとの評判をよく耳にする。趣味はパッチワークで展示会にも出展している。作品は客間に飾られていて、お参りの方々と話がはずむ。

名犬「ラッシー」君 10歳

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犬種は「イングリッシュ‣コッカ―」。趣味は朝と夕方のウォーキング。とにかく元気がよくて、よく食べて、よく寝る。羨ましいかぎり。欠点は少し短気のところがある。

家の中では、坊守についで次に偉いのは私であると思っているところがある。いつも坊守のそばかクーラの冷気の下にいる。
歳老いた老夫婦に居なくてならない可愛い息子である。

私たちの新婚旅行記

『そうだ!本山に参ろう』

六浦(髙木) 秀 彰: 真奈美

私たちは平成24年の9月29日に結婚式を執り行いました。多くの方々から祝福していただき誠に有難う御座いました。
結婚前から二人で新婚旅行を何処にするか悩んでいましたが、一生の思い出に残る旅行にしたいと考えた結果、そうだ京都へ歩いて行こう!と、なりました。
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結婚前からら二人で山歩きやキャンプなどに出かけておりましたので、共通する趣味は歩くこと。京都まで旧東海道を歩いて、ご本山ヘ結婚の報告をしにいったら良い思い出になるだろうと思い十月二日、長生寺を出発致しました。

以前、歩かれた方もいらっしゃるると思いますが、親鸞聖人の都跡を訪ねてなどの資料を見て調べさせて頂き、また図書館やインターネットなどで下調べした所、最近では旧東海を歩く事が少しブームになっている事を知り、様々な書籍を手にすることが出来ました。

江戸時代の人々は男性の足で14日間、女16日間で、江戸、京都間を歩かれていたそうです。距離にして約492㎞:歩数・約82万歩になります。

出発初日、私達は戸塚から小田原を目指して歩き出しました。
戸塚から小田原の間には旧東海道沿いに4ケ寺の鎌倉組のお寺があります。
結婚のお礼も兼ねて挨拶に何いました。突然の訪問でしたが皆さん歓迎してくださり感謝しております。

江戸時代の人が書いた東海道五十三次を歩く上での心得に、初日から飛ばして歩かない事とあったにも関わらず、私達は張切り過ぎて30㎞以上歩いてしまったため,足が棒のようになってしまいました。

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その2日後、道中一つ目の難所である箱根峠を歩きました。途中見返り坂を通り延々と続く旧箱根道の石畳を歩いてようやく芦ノ湖が見えた時は、車や電車で来て見た時とは違った感動があり、いつも以上に美しく目に映りました。この時ばかりは足の痛みも忘れて
しまいました。
芦ノ湖まで来ると、箱根関所を過ぎて三島へと山を降りてゆきます。三島まで来ると富士山が随分と近くなりとても大きく見えていました。この辺りは水路の水がとても澄んでいて、長い緑の藻が水の流れによって揺れる様や、所々で鴨が泳いでいる長閑な光景が鮮
明に今も蘇ってきます。

三島大社を過ぎて由比まで来ると、江戸時が色濃く残る町並みの中に歌川広重の博物館があり、そこで由井から先の浮絵を観ながら「京都までまだまだ道のりは長いな」と思いました。

油比を越えると峠に入り左手に駿河湾を眺めながら枇杷畑(びわばたけ)を過ぎてゆきます。静岡県は広く大井川に差し掛かるころには、「まだ静岡佳・・・」が口癖のように出てきていました。

しかし、そんな嫌なことばかりでもなく普段移動手段を車などに頼ってきている私達には、日常では見られない風景や人との出会に、励まされることが沢山ありました。

同じように東海道を歩いている方との旅の情報交換や、食事の美味しいお店などを教えていただいて、バックパックを背負っている者同士気軽に話会えるのは、こうした旅醍醐味だなと思いました。そのなかでも、特に印象に残っているのが袋井宿の出来事です。袋井宿は、江戸・京都のどちらから数えても27番目にあたり、東海道五十三次のちょうど中間地点になります。

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町に入るとちょうどお祭りの最中でおお囃子が鳴り響いていて、とても賑やかでした。私達は、お茶屋で休ませて頂こうと思い「どまんなか茶屋」という名の茶屋へ行った所、そこにいらしたおじいさん方に「お兄さん方どこからきた?神奈川?それはまあ良い所からきなすった」など言われ二言目には「今日は祭りじや飲んで行け」と有無を言わさず湯呑に日本酒をつがれていました。
茶屋の前には神輿がならんでおり、おじい様方から新婚旅行の思い出にと「はつぴ」を着させて頂き写真を地元の方々と一緒に撮らせて頂き良い思い出になりました。

そこの茶屋で出会ったご夫婦とお話ししていると、その方も東海道を旅しているらしく京都から歩いて来られたという事でした。
こんな偶然もあるのだなと思い、まさか「どまんなか茶屋」 でと思うと嬉しくなりました。

私達は、ネット社会、便利さを追求する世の中で育ち、東海道を歩いています。少しでも江戸時代の情緒に触れさせて頂く事が出来て、改めて不便だからこそあった人の優しさや心の温かさに気付けたような気がします。

京都まで新幹線で行けば三時間程で到着します。歩けば二週間以上掛かりますが、その道中こんなにも沢山の発見や出会いがあるなんて歩いてみないと体験出来ません。

二人の結婚生活の旅は、まだ始まったばかりです。きっとこの先東海道五十三次のように山あり谷ありだと思いますが、支え合わなければきっと踏破なんて出来ません。

「一人いて喜ばば二人と思うべし。二人いて喜ばば三人と思うべし。その一人は親鸞なり」 さまざまな方のおかげ、また両親や祖父母、たくさんのおかげをいただいて、今の私達がいます。
親鸞聖人に必ず寄りそって頂いているご緑を感謝をし、ご本山までの道のりは遠かったですが、三人だからこそ、乗り越えて行けたとおもって、ご本山に結婚報告をしてまいりました。合掌。

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